「HAPAX」8号刊行を前に


P.L.W


HAPAX8号はすでに最終作業段階にはいっており、11月には刊行される。次号の特集は「コミュニズム」である。この号はコミュニズムの新たな構築のための一歩にすぎないとしても、これに同志・友人たちからすぐれた寄稿がよせられたことに感謝する。
ここには不可視委員会の「Maintenant 」への応答もふくまれるが今号ではそれはその端緒にとどまるものであり、本格的な検討は同志たちによる翻訳をまって行われるだろう。この作業に未知の友人たちが加わってくれることを望む。
Maintenant 」の主要な概念人物のひとり、ミュラーはロシアの暗黒こそコミュニズムの可能性であることを示唆している。おりしも「ゲンロン」が(!)「ロシア現代思想」を特集しているが、その討議で乗松亨平は「ドゥルーズを参照し、自由な身体が言語的な権力システムに対して反乱するという構図は現在では行き詰まっている」と語る。われわれはコミュニズムの再検討にあたってドゥルーズに依拠してきたがこの見解自体は的確であると考えている。乗松が批判しているような限界をあらわにしているのはドゥルーズ自身ではなく、そのようなドゥルーズ受容の方であり、これこそが『ダーク・ドゥルーズ』でカルプが「喜びのドゥルーズ」として攻撃するものであることはいうまでもない。そして「喜びのドゥルーズ」との訣別とはコミュニズムと民主主義を断ち切ることとなるだろう。これは2015年の安保闘争における左翼の消滅、近代コミュニズムの絶滅への回答でもある。その際、革命と挫折をかかえこんだロシアの暗黒が参照されなければならない。ロシアの暗黒は「文明の死」=「世界の死」の震源であるからだ。
リベラルでもファシズムでもコミュニズムでもない第4の政治をかかげてユーラシアリズムを煽動するドゥーギンはその例証だが、その思想はわれわれが(敵対的な意味で)注目してきたニック・ランドと深部で共鳴しあっているように思える。むろんレイシズムを徹底的に斥けるドゥーギンと自滅的に白人至上主義をかかげるランドを同一視することはできないが、彼らがそれぞれのファシズムを通じて「文明の死」を展望しているところだけはたしかなのだ。そしてそれぞれがトランプ、プーチンと共鳴・同盟関係にあるという現実は現在の破局がかつてないものであることを示している。
ここで何度か書いてきたように現在の政治はそれらの破局と、不可視委員会やカルプらの「文明の死」かをめぐる内戦を基底としているのであり、後者による戦争の実践が絶対的孤独と分裂によるコミュニズムの内実をなすはずだ。

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