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気候変動の政治とは何か 『人新世の「資本論」』を拒絶するために

 以下は「アナキズム」15号(2021年6月1日)に長谷川大の筆名で掲載されたテクストである。 気候変動の政治とは何か 『人新世の「資本論」』を拒絶するために 地下運動研究会     現在のコロナ禍が気候変動に起因していることに端的にあらわれているようにもはや気象は決定的な主題としてわれわれの前に登場している。ここで問われているのはいままでの思考、政治などすべてを根底から転換することである。江川隆男によればこれは〈大地〉→〈海洋〉→〈大気〉という流れに対する〈大気〉→〈海洋〉→〈大地〉という逆行への転換である(「哲学とは何か ­­­– パンデミックと来るべき民衆へ向けて」、『 HAPAX 』 13 号)。 大地から大気へ──これはまた大地の上に形成されてきたこの「文明」の崩壊を引きうけるということに他ならない。そして「文明」の崩壊が開始されているのは誰の目にもあきらかである。3・ 11 はこの列島におけるその決定的な告知であった。                          *    「錯乱の最終期限を迎えた人間は『地質学的な力』を僭称するにいたった。人間は惑星の生命の一段階に人類の名を付与するほどになった。『アントロポセーン』を語りだしたのである。最後にきて人間はまたしても主役の座を独占する。たとえ、ありとあらゆるもの(略)を荒廃させてきた罪状を認めざるをえなくなろうとも。(略)だが、驚くべきことに、世界の悲惨な関係性がもたらした惨状それ自体にたいしても、人間はあいかわらず悲惨なやり方でかかわるのをやめはしない」。(不可視委員会『われわれの友へ』)  斎藤幸平の『人新世の「資本論」』が左派とリベラルの賞賛を集めていることはこの国における「錯乱の最終期限」の人間的「悲惨」の象徴である。  ここで斎藤は「平等と持続可能性」の思想家として新たなマルクス像を提起する。その理論の枠組みは 80 年代に隆盛したエコロジー・マルクス主義を想起させるもので、本人が自負するほどには目新しいものに思えないのだが、そこはいま問わない。この書の主題は気候変動への回答として脱成長とマルクス主義を総合した「脱成長コミュニズム」を提起することであり、その結論では以下のように記されている。  「民主主義の刷新はかつてないほど重要になっている。気候変動の対処には、 国家の力 を使うことが欠か

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