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平岡正明の「犯罪=革命」論をめぐって

鼠研究会 (1)   1 谷川雁の「原点」は「点」ではない。これは「マイナスの極限値」とも「互いの補足しあい、拮抗しあって渦を形成する楕円の二つの焦点」ともわれるように、双極的な下降の運動性そのものである。「始まりも終わりもなく、われわれをどこにも導かず、終止符などは絶対になく、段階すらもない。回転式象徴〔…〕それには真ん中しかなく、それはどんどん深くなる場だ。象徴は大渦潮であり、われわれを旋回させる」(ドゥルーズ)。この渦巻く運動=線が「原点」であり、それは「どんどん深くなる」。谷川的にいえば「深淵もまた成長しなければならぬ」。同名の文章はこの成長する「深淵」を「絶対の深淵」と対置させていた。「絶対の深淵」。すなわちエックハルト = シェリングの「無底」や西田の「絶対無」ではない「無限への下降」。下降が生みだす「楕円の二つ」の双極性を谷川は反復しつづけた。ときにこれは世界統一権力という極大と差別という極小での「所有」としてあらわれ、あるいは「二重構造」論となり、それは最終的には発生と消滅の差異として表現された。生命は自然の破局であり、そしてそれによって破局性としての自然をしめす。身体とはこの双極的な力の抗争によってたえず変身しつづけるダイアグラムである。後期の谷川はこの帰結として「人体交響楽」において身体と言語を再編成することから権力の死滅を導出しようとしたのだが、これは同時に大正行動隊=退職者同盟の闘争をやりなおすことでもあったはずである。(以上はHAPAX 14 号の谷川雁論の要約と補遺でもある)   2 平岡は力の抗争としての身体を思想の基底においたことによって、そして谷川雁の秘められた「深淵」を「成長」させたことによって雁の無二の継承者である。彼は一九六〇年の安保闘争を領導して崩壊したブントの総括として六一年に犯罪者同盟を結成し、その綱領的な文書として六二年に「犯罪の擁護」を書く。「犯罪=革命論」は平岡の主題となって生涯を貫通する。犯罪革命論は身体と暴力への不可能な讃歌であり、同時代のあらゆる底辺からの叫び、そして反植民地闘争、反精神医学などと共鳴する、この列島における68の精華であるが、これはいくつかの段階をへて更新されていった。サドとベッカリーアを引く「犯罪の擁護」において犯罪はテロル、もしくは革命的暴力の前段である。「犯罪者は階級社会の悪と矛盾を肩に

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