船木亨の新著によせて


S・G
前回、マイノリティの生成変化のみが革命の問題であると書いたが、船木亨の新著『現代思想講義』もまた「マイナーであれ」と煽動する。この著作はそのタイトルを(いい意味で)裏切るドゥルーズ=ガタリ的な政治=反政治哲学の書としてきわめて重要な書である。その核心をなすのは「群れ」をめぐる考察だ。『千のプラトー』では「群れ」と「群集」は区別されていたが、船木はあえてそれを一元化することで群れから国家、そして暴力をとらえなおす。船木によれば、権力は「群れのなかから、身体の苦痛が見られることによって発生して」くるのであり、理性とは「昇華された暴力」に他ならない。そして「群れの政治学」とはマジョリティかマイノリティをめぐるものである。これは統計的思考と確率論的思考の対立でもあり、敵は権力ではなく統計的な「数」なのだ。これはドゥルーズ=ガタリのいう「数えられないものの集合」としてのマイノリティという規定を再定義するものである。船木は前著で『アンチ・オイディプス』を「共産主義革命の断念」の書であると規定していた。その見解はシベルタン=ブランやネグリらよりはるかに支持しうるものであるが、それをふまえたうえでアナーキーとコミュニズムはいかに可能なのかを問うことがわれわれの課題となるだろう。

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