天皇制をめぐって


P.LW

菅孝行がかつての同志である天野恵一と反天連への批判を開始している。その論戦は天皇制と国家への敵対性をいかに設定するかという問題にかかわるものとして示唆的である。天野はアキヒトの一連の動きを壊憲的なものとして批判するが、菅によればこの主張はあきらかに事実に反するものであり、そもそも憲法一条を問題視すべき反天皇制派が護憲に与することは決定的に矛盾している。天野たちの闘いは「悪しき国家」へのカンパニアたりえたとしても本質的な反天皇制運動たりえていないと菅は批判する。もはや記憶にとどめている人間も少なくなったが菅は84年の反天連発足にあたっての理論的な主導者である。菅はその最初の天皇論で象徴天皇制こそが天皇制の最高形態であると論じながら、丸山真男的な戦後民主主義が無意識的に天皇制として機能していることを批判した。しかしヒロヒトの死からアキヒト即位にいたる政治過程との対決の際、天野たちは「民主主義に天皇制はいらない」というスローガンを掲げはじめた。この時、天皇制への批判の根拠は民主主義となったのである。菅の天野批判はこの転換に淵源しており、天野のアキヒト批判もまたその延長にあるが、現時点で双方を突き動かしているのがリベラルの「天皇制民主主義」化への危機感であることはあきらかである。安倍と闘うために天皇主義をかかげる新左翼出身のリベラルたち。そこで問われているのは「永続敗戦論」的な戦後体制だけではない。天皇制と民主主義という統治それ自体が内包する問題なのだ。菅もまた現時点では反天皇制闘争の主題を「統治形態から天皇制を消去する」としており、よき統治をもとめている点では天野とさほど断絶しているわけではないのだ。だが天皇制との闘争は統治そのものの闘争でなければならないはずだ。一方、民主制の世界史的な後退は誰の目にもあきらかである。しかし独裁制と闘うことは民主主義の復興によってでは不可能である。天皇制民主主義の登場自体はアイロニカルにこのことを証明している。統治とは何かまで問い直すことなしにこの隘路を抜け出すことはできないが、アナーキーだけがそれを可能にするだろう。

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