ペストについての省察 アガンベン

「非常事態宣言」を前に202046日のLUNDIMATINに掲載のアガンベンのテクストとLUNDIMATINによる導入を訳載する。この前提となっているのは「イル・マニフェスト」は以下。
その英訳は以下である。



ジョルジョ・アガンベン

二月二六日の段階で、哲学者のジョルジョ・アガンベンは、コロナ・ウイルスの脅威によって正当化された例 外状態の復興に警鐘を鳴らしていた(『イル・マニフェスト』に発表された記事を参照)。『クオドリベット』 に発表されたその最新のテクストは、いま現在の監禁にたいする合意の(宗教的な)形成過程のなかにおける、 科学の役割を問題にしている。ペストの病理に苛まれるなかにあって、人間という動物はより大きな脅威に、す なわち政治的な脅威にさらされているのではないか? 

以下の省察は目下の伝染病にかんするものではなく、いま現在それが生みだしている反動と見なしうる事態にかんするものだ。。つまりいま問われるべきなのは、社会全体がペストの発生を受けいれ、 家のなかで孤立し、労働や友情や愛といったものにもとづいた関係だけでなく、宗教や政治にかかわ る信念にいたるまで、これまでどおりの生活のありかたを中断することを受けいれていったさいに見ら れた、そのスムーズさについてなのである。じゅうぶんに想像可能であり、同様の事態にあってはお うおうにして生じるはずの抗議や反対は、いったいなぜ生まれなかったのかここで私が提案してみ たい仮説は次のようなものだ。すなわち、無意識にではあるが、ある意味でペストはすでに存在してい たのだ。ひとびとの生のありかたはあきらかに、そのあるがままのすがたを表現するとしたら、出しぬけにもたらされたしるしこそがふさわしいようなものに、つまり耐えがたく、まさにペストのよう なものになっていたのである。そしてある意味でそれこそが、現在の状況から引きだしうる唯一の肯定 的な条件を構成するものだといえる。つまりそのことによって、のちになってひとびとが、これまでの 生の様態がじぶんたちにとってはたしてよいものだったのどうかと自問しはじめることになりうるの だ。
また同様に、いま考えられるべきなのは、目下の状況があかるみに出している宗教にたいする欲求に ついてである。その徴候は、メディアが喧伝する言説のなかに認められる。起きている現象を説明する ために終末論的な語彙から借りてこられた用語の数々は、ことにアメリカの報道に顕著だが、強迫観念 的なかたちで「黙示録」という語に帰着し、そして多くの場合明示的に、世界の終わりに言及している。 こうした事態はまるで、もはや教会が満たすことのできない宗教的な欲求が、場当たり的に別のすみか を探し、こんにちわれわれの時代の宗教と化しているもののなかに、つまり科学のなかにそのすみかを 見いだしたかのようである。科学というこの宗教は、ほかのあらゆる宗教とおなじように迷信や恐怖 を生みだしうるものであり、あるいはすくなくとも、それらを伝播させるために利用されうるものだ。 いま現在の状況ほど、危機の時代のなかにおける宗教が生みだす典型的なスペクタクルを目の当たりに することはない。起きている現象の重要性を否定する少数派の異端的な立場(しかし著名な科学者た ちによって代表される立場)から、その重要性を肯定しつつ、しかし事態にどう向きあうかという方法 にかんしては根本から対立しあう支配的な正統派の言説の数々まで、多様でたがいに矛盾する意見や処 方箋が存在している。そしていつものことながら、幾人かの専門家やそれを自称する連中が君主の恩恵 を手にすることになる。彼らは、キリスト教世界を分断している宗教論争の時代とおなじように、じぶ んたちの利益にもとづいてあるときは一方の流れに乗り、またあるときは別の流れに乗って、ひとび とにその尺度を強要してくることになる。
もうひとつ思考すべきこととしては、あらゆる確信や共通の信念があきらかに崩壊しているという点 が挙げられる。人間たちはもはや、ーーなんとしても救わなくてはならない剥きだしの生物学的存在を 除いてはーーなにひとつとして信じていないようである。だが命を失うことにたいするおそれのうえに 築くことができたのは、あらたな専制であり、剣を抜いた巨大なリヴァイアサンでしかなかった。
だからこそ私はーーもし仮に、ペストという目下の緊急事態が過ぎさったと宣言されるとしてもーー、 わずかでも明晰さを残したままでいる者にとっては、以前のような生活に戻ることが可能になるとは
おもわない。そしてそれこそがおそらく、もっとも絶望的なことなのである。たとえかつて述べたとお り、「希望を失っている者にのみ、希望が与えられている」のだとしても。
ウェブサイト『クオドリベット』に二〇二〇年三月二七日に掲載されたイタリア語原文からの(フロレンス・バ
リクによる)翻訳。

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