歴史はスープを投げつけた人びとを赦すだろう        アンドレアス・マルム

箱田徹氏よりアンドレアス・マルムの最新のテクストの翻訳が寄せられた。ゴッホにトマトスープを投擲した闘争をめぐる考察である。

 箱田徹訳

 

ニューヨーク・タイムズ

20221020

 

フィンセント・ファン・ゴッホは今日の気候崩壊の責めを負わない。彼は石油ガス会社のCEOでもなければ、石炭商でもなかった。実際のところゴッホは、ベルギーの石炭地帯[1]で、石炭から出る煙と灰にまみれて暮らしながら画を描き始めた。彼には『ひまわり』[2]以外の代表作に『石炭袋を担う鉱夫の妻たち』[3]がある。女たちの身体は袋の重みで曲がっている。化石経済が生者に与える耐えがたい負荷をこれほど強烈に表現した作品は美術史上ほとんど例がない。

 

だから「ジャスト・ストップ・オイル」(Just Stop Oil)の活動家2人が、ロンドンのナショナル・ギャラリーで『ひまわり』にトマトスープを投げつけたとニュース[4]に接したとき、私はまずこう思った。「気候緊急事態となんの因果関係もない、無垢で美しいものへの攻撃をまたやったのか」。

 

サボタージュが最も効果的なのは、それが狙いすました決意みなぎるものであるときだ。私は基本的にこう考えている。今年4月、この団体の活動家が〔英国内で〕複数のガソリンスタンドで打ち壊しを行った[5]。核心を突く行動だった。ガソリンは、ゴッホの絵画とは違い、地球温暖化の燃料だ。地球上には、人類とその他の生命体を救うために閉鎖が必要なガソリンスタンド、パイプライン、プラットフォーム、油井、ターミナル、鉱山に立て坑が網の目のように張り巡らされている。政府がこの仕事に二の足を踏むのなら、私たちが着手しなければならない。これこそサボタージュの原理だ――石炭袋を直接狙うこと。

 

しかし、ナショナル・ギャラリー事件の波紋が広がり、ソーシャルメディアで反響を呼び、嘲笑や賞賛の声が上がるにつれて、私は考え直した。このような行動もありだろうと。スープをかけた若い活動家の1人が、画の掛かる壁の下のほうで接着剤を使って自分を糊づけする前にこう叫んだ。「1枚の絵画を守ることと、地球と人びとを守ること、どちらが大事なんだ?」 ジャスト・ストップ・オイルの行動は、パキスタンの3分の1が水没している[6]この時に、体制的な人びとの感覚を逆なでしたようである[7]

 

ジェリー・ソルツという米国の美術評論家は、活動家たちをタリバンよばわりすらしている[8]。明らかに大げさなたとえだ。かれらは画を傷つけないように意図的に行動した[9]。この画はガラスで保護されていたのだから。何を対象にするかは役に立つかどうかという観点だけで判断されている。これほど物議を醸したことで、ジャスト・ストップ・オイルはメディアと世論の関心を、英国政府が石油・ガス採掘プロジェクト約100[10]――1件ですらありえない[11]にもかかわらず――認可を与えようとしている事実に引き寄せたのである。

                                                                                                   

 

「なんの問題もないという錯覚を打ち破り、いつも通りの生活があるという幻想を打ち砕かなければなりません」。ジャスト・ストップ・オイルのオーガナイザーの1人、インディゴ・ランベロウは私にこう話してくれた。絵画鑑賞、サッカー観戦、通勤――この立場からすれば、あらゆることが妨害の対象となる。その目的は、至るところに神出鬼没に現れて大混乱を生じさせ、進行中の気候破壊を否が応でも意識させることだ。

 

サフラジェットがもてはやされるのは当然のことだが、その行動は似たようなものであり、ナショナル・ギャラリーの絵画への攻撃[12]すらあった。1914年、メアリー・リチャードソンはディエゴ・ベラスケスの『鏡のヴィーナス』[13]を切り裂いて、「正義は画布に表された色や輪郭と同じように美を構成している」と言い放った。そのあっけらかんとした態度はマスコミの気に入るところではなかったが、4年後に英国議会は有産者で30歳以上の英国人女性に投票権を認めた。そして、リチャードソンが支持した婦人社会政治連盟(WSPU)などの戦闘的な団体は、社会規範に挑む姿勢で大きな評価を得たのだった。

 

グローバルノースの気候運動はこの歴史に学ぼうしているさなかのようだ。この1年、活動家たちは、象徴的なものから深刻なものまで、サボタージュや財物破壊という戦術をとっている[14]。「タイヤ消火隊」(Tyre Extinguishers[15]は、世界で最も裕福な複数の地域で、これまで1万台近いSUV(スポーツ多目的車)のタイヤの空気を抜いている[16]2月、活動家たちはブリティッシュ・コロンビア州のコースタル・ガスリンク・パイプラインの建設現場を襲撃した。機械設備などを完全に破壊[17]し、会社側によれば数百万ドルの損害を生じさせている。

 

一方、研究者コミュニティでは、ベンジャミン・K・ソヴァクール(ボストン大学)など一流のエネルギー学者が、戦闘的な気候運動[18]の是非を論じ、驚くべきことに、市民的不服従やゲリラ戦を含むあらゆる選択肢を検討することに賛同している。

 

産業革命以前と比較して1.5℃に地球温暖化を抑える可能性を残すには、米国、英国、カナダ、オーストラリア、カタールなどの富裕国で石油とガスの生産を12年以内に全面停止しなければならない[19]。化石燃料採掘装置の新規設置が一切ありえないだけではない。開発済の埋蔵量の40%に手をつけず地中に残さなければならないのである[20]

 

しかし、最近米国で可決されたインフレ抑制法[21]は、クリーンエネルギーに優遇措置を行って総排出量を削減することを公約しているにもかかわらず、正反対の、私たちには行う余地のないまさにそのことを行っている。すでに未曾有の利益[22]を上げる企業に対して、石油とガスの新規採掘権を認めている[23]。企業はその金で何をするのか? もちろん、新たな石油・天然ガスに投資する。利益の源泉をすすんで手放すなどありえないのである[24]

 

人々がある種の絶望を、いや適切な言い方をするなら、怒りを覚えるのも不思議はない。グレタ・トゥーンベリがみずからの世代を動かした2018年から2019年にかけて気候運動に引き込まれたヨーロッパの若者たちは、いまや「ビジネス・アズ・ユージュアル」がいつまでたっても終わらないことに苛立つようになってきた。実際のところ、気候運動はまだまだ生ぬるいという結論に至ることは論理的に避けられないようだ。もっとなにかやらなければならないというのである。

 

財物破壊の倫理について言えば、この場合、たいして複雑ではない。化石燃料は人びとを殺している[25]。そうした燃料のフローを妨害し、それを原動力とする機械設備に損害を与えれば、殺人を防ぐことができる。危害をもたらす犯罪行為を防ぐ[26]ことができる。生物を守るためであれば、無生物を壊しても構わない(なお、無生物以外を標的にせよという声は気候運動にはない)。こうも言える。火のついた家に閉じ込められたら、窓を割って外に出る権利がある。

 

この論理と倫理は一見わかりやすそうだが、戦術的な地平ではそうではない。どうすれば、その過程でだれも身体的な被害を負わないようにするのか? どの窓を割ったら最も効果的なのか? どのような機会を作れば、多くの人びとが一気に参加するのか? どうやったらうまくいくのかは、そんなやり方があるとしても、今のところはわからない。おそらく、だからこそ、運動には2つのことが同時に求められる。軽やかに注目を集めること、また同時に、さまざまな妨害行動をはじめとして、ピンポイントでのシャットダウンを行うことだ。私たちは目的達成につながるようなクリエイティブなやり方を見逃さないわけにはいかないのである。

 

Malm, Andreas. “History May Absolve the Soup Throwers.” The New York Times, October 20, 2022, sec. Opinion. https://www.nytimes.com/2022/10/20/opinion/just-stop-oil-soup-sunflowers-climate.html.



[1] https://www.theparisreview.org/blog/2015/06/10/idle-bird/

[2] https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/vincent-van-gogh-sunflowers

[3] https://www.vincentvangogh.org/miners-wives-carrying-sacks-of-coal.jsp

[4] https://www.nytimes.com/2022/10/14/arts/design/soup-van-gogh-sunflowers-climate.html

[5] https://www.theguardian.com/environment/2022/apr/28/just-stop-oil-protesters-sabotage-petrol-pumps-on-m25-motorway

[6] https://www.bbc.com/news/world-europe-62712301

[7] https://nymag.com/intelligencer/2022/10/just-stop-oil-soup-van-gogh-climate-change.html

[8] https://twitter.com/jerrysaltz/status/1580943625017380864?s=20&t=ztrJ2s0ZFIZBLlt1Apw6jw

[9] https://www.youtube.com/watch?v=-kfe9rCgH_k

[10] https://www.reuters.com/business/energy/britain-launches-oil-gas-licensing-round-boost-domestic-supply-2022-10-06/

[11] https://www.cnbc.com/2021/05/18/stop-investing-in-fossil-fuels-to-meet-net-zero-targets-iea-says.html

[12] https://www.artinsociety.com/from-the-rokeby-venus-to-fascism-pt-1-why-did-suffragettes-attack-artworks.html

[13] https://www.nationalgallery.org.uk/paintings/diego-velazquez-the-toilet-of-venus-the-rokeby-venus

[14] https://www.opendemocracy.net/en/climate-crisis-sabotage-property-destruction/

[15] https://www.tyreextinguishers.com/

[16] https://www.theguardian.com/environment/2022/jul/27/tire-deflators-suv-new-york-climate-crisis

[17] https://thenarwhal.ca/coastal-gaslink-attack-explainer/

[18] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S221462962100503X

[19] https://www.iisd.org/publications/report/phaseout-pathways-fossil-fuel-production-within-paris-compliant-carbon-budgets

[20] https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/ac6228/meta

[21] https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/5376/text

[22] https://www.usatoday.com/story/news/nation/2022/08/18/climate-change-inflation-reduction-act-oil-gas/7837956001/

[23] https://www.washingtonpost.com/world/2022/08/08/oil-companies-profits-inflation/

[24] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214629621001420

[25] https://www.nature.com/articles/s41467-021-24487-w

[26] https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/07393148.2022.2028122

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