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それはどのように為されねばならないかもしれないか イドリス・ロビンソン

 ジョージ・フロイドの虐殺を契機とした北米における全土的蜂起はコロナ以降の政治を指し示す決定的な指標であり続けている。以下はその前線から発せられた重要な提言である 。「 最終的な目標は、アメリカを、コミューンの連合の集合的配置に向けて分解することです」。おそらくこれはこの地にも適用されるべき目標である。これはコミュニズムの実践的な再定義とともに試行されるだろう。 How It Might Should Be Done   それはどのように為されねばならないかもしれないか   イドリス・ロビンソン 高祖岩三郎 訳   (以下は2020年7月20日、 Red May (1)  で行われた講演を、 Ill Will Editions (2) が書き起こしたテクストである。)   わたしはこの講演を、昨夜起こったこと、シアトル市の労働者階級、そしてシアトル市の反乱者たちへの賛辞から始めたい。わたしは昨夜観察したことに大変感銘を受け、その抑揚感を共有するためにここにいます (3) 。さらにこの折に、ギリシャの同志たちに、連帯の意を表明したく思います。2008年に当地でわたしに初めて蜂起を経験させてくれたのは、彼らだったからです。そこでわたしが学んだこと、経験したことは、全く異なった今日の社会的分脈でも、大変有意義なものです。加えて、最近ある同志が、警察の手で殺されています。その同志ヴァシリス・マゴスに「力の中で眠れ( rest in power )」という哀悼を捧げたい。 この講演の題については、若干、説明を要すると思います。これはニコライ・チェルヌイシェフスキー(1828〜1889)が、帝政ロシアの刑務所で書いた小説から引いています (4) 。それをレーニンが、1902年のパンフレット『何をなすべきか』で借用したわけです (5) 。そこで彼は「われわれの運動にとって焦眉の問い」に答えたのです。前衛党を打ち建てるとは、何を意味するのか?われわれはどのように意識を、前衛党から労働者階級に広げていくのか?われわれはどのようにしてストライキを超えて、全面的な革命的政治闘争に移行するのか?さらに2001年になってから、フランスのティクーン誌に『何をなすべきか』という題の文章が現れた (6) 。そこで彼らは、闘争の目的や主眼を述べるのではなく、その方法と技術に焦点を移行させようとした。

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