ファシズムについて3

NEZUMI
ポピュリズムはポスト・ファシズムだが、ファシズムとはポスト・ボルシェヴィズムである。これは単にファシズムがボリシェヴィキへの対抗として発生したという意味だけでない。このブログでかつて取り上げたように(「総動員」)、ユンガーの総動員論はレーニンのロシア革命の簒奪であり、そのことに自覚的だったのはハイデガーであった。「第一次大戦の本質的な経験に基づいて、ユンガーはニーチェの形而上学的な世界投企を先鋭化し、硬化させて、力への意志としての世界現象への自立的な眼差しにおいて語り出した。この根本現象は、1914年ごろ初めてレーニンが『総動員』という概念と語でもって意識の上にもたらしたものである」。「力の本質は、無制約で完全な支配を強く求めるので、それ故にその本質への、力の現実化という根本的な出来事は、『総』動員である。しかしこれは、その最も決定的な要求と強化とを世界戦争の内に見出す。それ故、レーニンは1914年に世界戦争の勃発に歓声を上げたのである」。(ハイデガー「エルンスト・ユンガーへ」)。ユンガーは『労働者』刊行後、ナチスと決裂するが、それはナチが議会制による政権奪取を選んだことへの拒絶だった。そこからユンガーの訳者・川合全弘はユンガーとヒトラーをバクーニンとマルクスになぞらえる。これは卓見だが、しかしその関係はレーニンとスターリンにこそ比較されるべきではないか。
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ハイデガーは上記のテクストでユンガーを「ニーチェの唯一の真正な継承者」とよんだ。ならばレーニンもまたある意味でニーチェの継承者ではないのか。ここにこそレーニンが68のさなかで、そしてポスト68において召喚される理由がある。68はアナーキーの爆発であり、新左翼のレーニン的党派主義はこれを回収するものであるという通説では日本での街頭闘争を説明することはできない(ただしこう指摘することはレーニン主義を評価することではない。レーニン主義は戦争機械たり得ないからだ。これについては別途、考察する)。ここでのニーチェ的核心とは「力」である。ドゥルーズ=ガタリのファシズムを「戦争を自分自身の運動以外の目的をもたない無制限の運動」と定義したが、これは上記のハイデガーそのものではないか。そしていうまでもなくドゥルーズ=ガタリにとってファシズムとは戦争機械による国家の奪取であった。このことが意味するのはニーチェとは戦争機械であるということである。戦時下のバタイユのようにニーチェの本質はファシズムとは無縁であると擁護することでなく(バタイユのニーチェのための闘争自体はいまだに重要にして画期的なものであるが)、ファシズムと来るべきコミュニズムをニーチェをめぐる闘争と捉えること、これがわれわれのファシズム論の始まりとならなければならない。

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