崩壊するCOP:グラスゴー会議と2021年を振り返る アンドレアス・マルム
【訳者付記】
以下は、『パイプライン爆破法』(2022年、月曜社)の著者であるアンドレアス・マルムが2021年12月にヴァーソ社のWebサイトに寄せた論攷だ。COP26閉会後に発表され、注目されたテキスト「化石燃料インフラ破壊を道徳的に擁護する」(https://hapaxxxx.blogspot.com/2021/12/blog-post.html)は、「穏やかな抗議の日々はとうに過ぎ去っているのかもしれない」という表現で締めくくられていた。本稿ではそうした予感の表明から一歩進み、気候運動がその他のあらゆる運動と結びつき、温暖化抑制に実質的な影響を及ぼすものとなる上での条件や障壁についての考察が試みられている。
2021年も温室効果ガスの排出量は増加した。気候変動に起因する災害はいっそう深刻化し、年平均気温の上昇は止まらない。しかしCOP26は、抜本的な対策とはほど遠いところで幕を下ろした。他方で、先進国は対処療法的な適応策を繰り返す。エネルギー産業は少しでも多くの化石燃料を掘り出し、燃やそうとなりふり構わぬ動きを見せる。各国はプレッジを積み増しはしたが、それを国家や資本に強制実行させる国際的な枠組はない。こうしたなかで、気候運動はインターセクショナリティを強化し、ラディカルな、すなわち化石資本そのものに立ち向かう大衆的な抵抗の牽引役となりうるのだろうか? その実現への兆しは、まだはっきりとしたかたちを取ってはいないものの、確かに存在しているとマルムは考えている。
COP26にかんしては、専門家らによる考察として、『世界』2022年1月号の「特集2 気候危機と民主主義――COP26からの出発」がある。また、気候ネットワーク主催の報告会「COP26グラスゴー会議報告会〜エジプトCOP27までに日本がしなければならないこととは?~」(2021年12月11日)の登壇者によるレジュメも参考になる(https://www.kikonet.org/event/2021-12-11。当日の映像は会員のみ視聴可能)。このうちグラスゴーの現地行動に若手世代から参加した酒井功雄、原有穂両氏の力強い報告は、本稿との関連でとりわけ示唆的である。
このほか日本語のコンパクトな情勢解説としては、FoE Japan「COP26グラスゴー会議 - バランスを欠く合意に途上国は失望」(https://www.foejapan.org/climate/cop/cop26.html)がある。なおFoE JapanのWebサイトでは、輸入バイオマス発電の問題点や「ネットゼロ」論への批判的検討、原発を改めて売り込む動きなど気候とエネルギーにかかわる問題について数多くの情報を得ることができる。このほか訳者がたまたま手にしたものでは、『テオリア』第111号(2021年12月10日)に掲載された宮部彰(2面)と小倉正(3面)の寄稿文がある。XR日本の小倉は、英国のインサレート・ブリテン(Insulate Britain)による実力行動のほか、オーストラリアの石炭積出港やカナダのLNGパイプラインといった日本に直接関わる化石燃料インフラへの現地での抵抗運動にも言及している。(箱田徹)
崩壊するCOP:グラスゴー会議と2021年を振り返る
2021年12月16日
気候変動と闘うには、それが生じさせている症状への適応以上のことが求められるだろう。COP26と気候災害に見舞われた本年を振り返り、アンドレアス・マルムは、各国政府は気候危機の原因への対処を化石燃料から着手すべきと訴える。
アンドレアス・マルム
COP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)期間中にグラスゴーで起きた最高の出来事はなにか? 高級住宅街ウエストエンドで60台のSUV(多目的スポーツ車)のタイヤの空気が抜かれたことだ[1]。この行動が他の富裕層の居住区にも広がったとしたらどうだろう。そうすればおそらく、異様なまでに巨大な[2]奢侈的排出源の上昇曲線を、いくぶんかは抑制することになるかもしれない。
グレタ・トゥーンベリは、市内でストライキ中のゴミ収集労働者のところに出かけていった。かれらは彼女の行動に応え、気候変動対策を訴える約10万人の群衆に加わった。このような連帯が世界中で形成され、学校や職場から生じた小さな流れが、勢いをいや増す大きな川たるストライキに合流したらどうだろう。次世代が生き残り、あらゆる人がまともな生活を送れるようにと訴えるストライキにだ。そうすればおそらく、気候運動は現実的に大きな力を持つようになるかもしれない。
グローバルサウスの若い気候活動家たちが、バルーチスターン[3]やツバル、ブラジルやウガンダ、インドやエクアドルから民衆サミット[4]に集い、語り合い、経験を分かち合い、次の行動を模索していた。運動の核となるグループがこのようにして急速に形成されたらどうだろう。雄弁で、怒りに満ち、政治的に訓練された気候正義の闘士たちが、深刻化する危機のただ中にあって「南」の各地で団結する。そうすればおそらく、最も深刻な影響を受ける人びとと地域から、真の革命的な主体が生まれるかもしれないのである。
しかし、今回の内容をどこまで一般化できるのかを指標にするならば、COP26本体はどのように見ることができるだろうか? 仮にその結果から今後を予測してみると……さらにもう四半世紀、無駄話に言い訳に時間稼ぎ[5]が繰り返されて、相も変わらずCOP1以来の状況が続くだろう。増加する排出量の伴奏よろしくひたすら繰り返される人当たりの良い多弁症が。2022年のCOPはエジプトで開催される。その次の2023年の会場はアラブ首長国連邦だ。まるで今後のCOPを、民主化への希求が葬られた墓地にまず埋め、次に油田に埋めることで、最終的に無意味なものにしてしまおうという計画[6]が準備されているかのようだ。
私たちの多くにとって、これがCOP26の主な印象だった。会議は現実の事態の趨勢からはますます無関係なものとなっていた[7]。どのくらい離れているのか? 気候変動の最前線で最近起きたことを思い出してみよう。まずこの夏を振り返ってみたい。すでにかなり前のように感じられるとはいえ、2021年6月~9月には、11月のグラスゴーでの気候変動サミットと好対照をなす複数の出来事があった。COPプロセスがどの程度衰弱しているのかはここから判断できる。
グローバルな地獄の季節を振り返る
2021年は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州でのヒートドームの発生で幕を開けた。約500人が死亡し、約10億匹の海洋生物が犠牲になった。ムール貝は貝殻の中で煮えたぎり、海岸は生き物の死骸で覆われ、サケの腹は熱くなった川の水で引き裂かれた。米国カリフォルニア州では、この夏、山火事の記録が再び更新され、消防の責任者が「この州のどこでも発火が生じかねないし、いずれそうなるだろう」と宣言する事態となった[8]。8月に入って1週間が経つと、単独のものとしてはカリフォルニア州史上最大となる火災がニューヨーク市の面積よりも広い地域を襲っていた。米西海岸の夏が記録的な暑さと火災に見舞われる一方で、南部のテネシー州では記録的な豪雨のもたらした鉄砲水により、家屋が押し流され、少なくとも22人が犠牲となった。アリゾナ州では、猛暑と干ばつに加えて大洪水が発生し、火災に遭った地域の瓦礫が街まで押し流されてきた。これは現在「複合気候現象」と呼ばれているものだ[9]。
一方、大西洋の反対側であるヨーロッパはどうだったか。ドイツ西部のライン川沿岸地域では、7月中旬に洪水が突発し、付近の住宅や停めてあった車が濁流に流された。住民たちによれば、その衝撃はまるで爆弾が落ちたようだった。これまでにないことだが、この洪水ではドイツだけで200人近くが犠牲になった。夏にはベルギー、オランダ、スウェーデン、ロンドン、ニューヨーク、東京などもひどい大水に見舞われた。地中海でも火災が発生し、その炎はアテネにも迫った。炎は周辺の緑地を焼き尽くし、灰は市民に降り注いだ。気温は47度。空は深いオレンジ色に染まり、ギリシャはパニックに陥った。同じような光景がポルトガルからキプロスに至る地中海沿岸で繰り広げられた。そしてロシアでは、森林や草原、葦原、ツンドラなどの焼失面積は総計3,000万ヘクタールに達したと推定されている。ポーランドに匹敵する広さだ。
シベリアはこうだった。コリマ州の「骨の道」〔=コリマ街道〕で今年撮影された映像[10]を見てみよう。道の両側にあるモミの木を呑み込む炎の中を自動車のドライバーが突き進む様子や、波打つような赤い巨大な帯に黒い大地と空が引き裂かれている様子が映っている。「骨の道」という名前は、建設の過程でグラーグ〔強制収容所〕の奴隷労働者数十万人が落命したことに由来する。道路は永久凍土の上に建設されているため、スターリン政権は遺体を道路の素材として埋め込むことにした。穴を掘るのがかなり大変なので、資源の浪費を避けたのだ。収容所時代の最良の作家で目撃者でもあるヴァルラーム・シャラーモフ(ソルジェニーツィンよりはるかに優れているのにさほど知られていないのは、おそらくトロツキストだったせいだろう)の小説『極北 コルィマ物語』[11]を読んだ人なら誰でも、コリマ州といえば零下40℃に達する気温を思い浮かべるだろう。今年の夏、コリマと「骨の道」では火の手が上がり、史上初めてシベリアの火災からの煙がはるか北極まで届いた。8月下旬、標高3,000メートルを超えるグリーンランドの最高峰では、気温が平年より18℃も高くなり、観測史上初めて頂上で雨が降ったのである。
グローバルノースはこれくらいにしておこう。グローバルサウスでは、まず地中海の対岸にあるアルジェリアだ。首都アルジェから東に位置するベルベル地方では、乾燥しきった丘陵地帯の火災で69人が死亡した――カリフォルニア州では死者は出なかった――ものの、マスコミ報道は当然のようにごくわずかだった。アルクッズ/エルサレム周辺の丘陵地帯でも火災が発生し、段々畑の木々は白っぽく気味の悪い雪のような灰にすっかり覆われてしまった。レバノンでも火災が発生した。さらにひどかったのはトルコだ。南岸の草地が大きな被害を受けた。火災の熱量はこれまでの記録を4倍上回るものだった。
炎に包まれていない世界の一部は水の下に沈んでしまったようだった。中国河南省を襲った洪水は甚大な被害をもたらした。1年分の雨が24時間足らずのうちに降ったため、地下鉄構内には水が滝のように注ぎ、道路は陥没し、20万人以上が避難した。中国メディアは「千年ぶり」の雨だと報じた[12]。次に洪水に見舞われたのは湖北省だった。その前にはマニラやムンバイが大きな被害を受けており、バングラデシュではロヒンギャ難民キャンプでは藁のように家々がなぎ倒されていた。住居は竹やビニールシートでできてていたので、大人の胸の高さにもなった水にはなすすべがなかったのである。
アフガニスタンでは、ターリバーンによる政権奪取と同時に、記憶にあるかぎり最悪の干ばつが起こった。マダガスカルでも干ばつで100万人以上が飢餓寸前の状況に追いやられた。ケニア北部では200万人以上が同様の状況に直面した。この地域での非常事態はイナゴの侵入や鉄砲水で拍車がかかり、主食であるトウモロコシの今年の収穫量は例年より50〜100%減少すると見積もられている。内陸国のパラグアイにとってパラナ川は命綱だ。9月には、2年続きの干ばつにより、その水位は過去77年間で最低となり、この国の主要な水源であるだけでなく、アルゼンチンにとっても重要な水源であるこの川は、泥の中をちょろちょろと流れるだけになってしまった。またアンデス山脈では、降雪量が記録的に少なかったせいで茶色い山肌が剥き出しになり、積雪に頼って水を確保している地域は絶望的な状況に置かれた。
COP26はこうした事象になんらかのかかわりがあっただろうか? 〔グラスゴーを流れる〕クライド川の北側にある主会場での協議や文書と世界中での出来事とのあいだにはなんらかの有効な連関があったのだろうか? ここに挙げた事象は、2021年の夏というグローバルな地獄の季節のごく一端であることを断っておかなければならない。別の出来事についてはすぐ後で詳しく見ることにしよう。しかしその前に、こうした会場の内側と外側の現実世界との溝をさらに浮き彫りにする新たな傾向をいくつか指摘しておきたい。
無関係さを示すパラメータ
この夏、研究者コミュニティは一般に――もちろん今回が初めてではないが――、事象の急速な深刻化を衝撃とともに受け止めていたようだ。報道は、査読論文にはまだ当然なっていない段階の、一線級の科学者たちの驚きの声を伝えた。ポツダム気候影響研究所(PIK)の気候学者ディーター・ゲルテンは、ドイツでの洪水を受けてこう述べている。
「これまでの記録をはるかに超えていることに驚いている。単にノーマルな状況を越えているというのではなく、空間的な広がりや速度の点で予想していなかった領域に達しているようだ。非線形事象のモデル化を改良しなければならない。」[13]
米ワシントン州のある気候学者は、今世紀後半以前にこのような気温が生じることは予想していなかったと認めた[14]。ヨハン・ロックストローム〔世界的な環境学者、PIK所長〕は熱波を全体に過小評価していたことを認め、マイケル・マン〔気候学者、ペンシルベニア州立大学教授〕は気候モデルが現在起きている影響の深刻さや極端さを捉えきれていなかったことを認めている。[15]
強いて言うなら、気候科学は慎重さを期し、漸進説の立場を取る――ブルジョア・イデオロギーの影響下にある自然科学の由緒ある偏見だ(スティーブン・ジェイ・グールドを参照されたい)。2021年の時点でまだ完全に理解されておらず、完璧に説明もされていないのは、気候崩壊の非線形かつ突発的で破局的なメカニズムだ。そこにはもちろん、顕著な森林火災が現在作動させているフィードバックメカニズムも含まれている。7月に世界的な森林火災によって1.2ギガトンのCO2が大気中に放出された。しかしこの月間記録はたちまち8月に破られた。放出量は1.3ギガトンに達したのだ。想定を上回るスピードで気候崩壊が進行するのと同じように、気候崩壊はそのペースをみずから加速させているのである。
将来への危惧が大方の研究者たちの受け止め方であるのは、温暖化が進んだ世界がやってくるという、よくある誤解がいつまでも残っているせいだ。思うに多くの人がこう考えているのではないか。「なるほど、気候が変わった後にはこうなるのか」――アテネでは気温が47℃になり、10億匹の動物が死に、今夏のように、水が壁のごとく押し寄せて人家を時に突き破るだろう、と。しかし、そこで多くが見落としているか、はっきりわかろうとしないのは、地球温暖化が累積的なプロセスであるという事実だ。2021年の夏に起きたことはすべて、この2世紀に大気中に蓄積されたすべての温室効果ガス(主にCO2)によってもたされた(そしてこの因果関係に議論の余地はない。個々の気象事象を地球温暖化のせいにすることはできないという古くからの誤った通念に対抗し、気候科学は長年を費やしてこうしたアトリビューション〔観測された異常な事象に人為的な気候変動がどの程度影響しているのか〕を説明する確固たる方法を開発してきた。今年の夏、科学者たちはすぐさまその成果を発表した。人為的な気候変動によって、ドイツの洪水は最大9倍[16]、ブリティッシュ・コロンビアのヒートドーム現象は150倍[17]、シベリアの火災は600倍[18]…といったように発生確率が上昇している。どういうことかと言うと、化石燃料の燃焼がなければ、こうした事象の発生確率はすこぶる低かったか、物理的にほぼゼロだった。そしてこのことは因果関係の連鎖と同じくらい強固なものである)。
あらゆる影響は排出量の総和の結果だ。つまり、排出量が増えれば影響も大きくなる。あるいは、毎年大気中にCO2がさらに放出されれば、毎年排出が続けば――排出量は増加せずともよい。すでに大気中にあるものに加えて、ある程度の量で排出が続くだけで十分だ――、その影響は悪化していく。地球温暖化にベースライン〔基準となるべき指標〕は存在しない。安定も、平均も、ニューノーマルもない。大気中にCO2が増え続ける限り、事態は悪化する。排出量がゼロを上回り続けた10年後から振り返れば、2021年の夏はそよ風程度に見えるかもしれない。では10年後、排出量は安定しているのか、それとも増加しているのだろうか?
後者のシナリオを実現しようと化石資本はやっきになっている。今後もCO2排出量を絶え間なく増加させようというのだ。COP26開幕の1週間前、毎年恒例の「生産ギャップ」報告書が発表された[19]。地球温暖化を1.5℃または2℃の上昇に抑えるために削減すべき化石燃料生産量と、実際の動向とのずれを詳しく示したものだ。これによると、現在から2040年にかけて、地中から採掘される化石燃料の量はゼロへと急減させなければならない。実際のところ、生産者たちは、採掘可能な埋蔵地がある限り採掘量をひたすら増やしていくつもりなのだ。COP26が閉幕に差しかかる頃にも報告書が発表され、現在進行形のビジネス・アズ・ユージュアルに対する別の視点が提示された[20]。これによれば、2021年11月から2022年末までに、世界で800以上の油ガス田が新たに掘削されることになる。すでに操業している(あるいは採掘が終わった)油ガス田に加えて800カ所――1年間で800カ所だ。しかし、これはビジネス・アズ・ユージュアルが衰えることなく勢いを増していることを示す症状や指標のひとつに過ぎない。他にも数え切れないほどの症状や指標が存在するのである。[21]
今回のCOP26で採択された対策のうち、どれがこうした上昇曲線に歯止めをかけるのだろうか? そんなものは一つもない。いかなる決定も、いかなるイニシアチブも、グラスゴー気候協定最終文書において注意深く選ばれた表現も、短期的な化石燃料生産量の増加を食い止めることはできない。2050年や2070年にネットゼロにするという公約は、急速な経済成長を糊塗するときには(インド[22]の事例[23]がそうだ)無用どころか最悪なものとなる。グラスゴー会議で各国が行ったプレッジによると、2030年の年間CO2排出量は2010年比で14%増加することになる[24]。これは、現存資本主義における活動の一部を化石燃料からいくぶんかは引き離すという自主的なプレッジの数々が、破られることなく、どうにかして実行されたとしたらの話だ――その達成という偉業はそれほど些細なことではない。
もしプレッジがいつものように破られたらどうなるのか? 化石燃料の燃焼の増加と気温上昇はいわばとどまるところをまったく知らない。COP26で示された計算結果のどこをどう見ても、これ以外に結論はない。どんなことがあっても、各国の政策は気候破局に対処する方向にいささかも近づいていない――それどころか、気候変動がもつ累積的加速化という性質を考慮すれば、現実との乖離は広がる一方だ。だからある国で災害が発生すれば、そこの政府は決まって、気候破局対策ではない別の措置を講じるのである。
強行適応論の台頭
2021年の夏には、「強行適応論」とでも呼ぶべきものが台頭した。「ドイツはタフな国家だ。短期的にはもちろん、中長期的にもこうした自然の力に立ち向かっていく」と、洪水被災地域を訪問したアンゲラ・メルケル首相(当時)は述べた[25]。国家警備隊はボートと潜水チームを派遣し、生存者の捜索にあたった。
8月初旬にスウェーデン中部で複数の街で水没が発生した際、折り紙付きのマッチョな民族主義者であるミカエル・ダンベリ内相(当時)は「気候が変わる中で、社会は力を結集し、計画を立て、我が国のインフラを適応させて、この種の事象を事前に防ぎ、統御しなければならない」と公言した[26]。9月中旬、地中海沿岸の欧州8カ国は通称「アテネ宣言」に署名した。災害対応の強化と沿岸地域および都市部の保護を通じて、原野火災のリスクへの充実した適応を図ることがねらいである。署名者のひとりはフランス大統領エマニュエル・マクロンだ。彼がトタル社には言及しなかったのは言うまでもない。同社はフランスに本社を置く最大の民間企業であり、世界最悪級の気候犯罪シンジケートとして、今も東アフリカからイラクそして北極圏まで破壊資産を拡大している。また、イタリア政府はENI(イタリア石油公社)に言及しなかった。世界7大石油会社の1つであるENIは、今後1年間に掘削予定の油ガス田800カ所で最大のシェアを占める。油ガス田の所有数はENIの49カ所を筆頭に、シェルが40、トタルが37、BP〔ブリティッシュ・ペトロリアム〕が34と続く。しかし、イタリアが酷暑と火災に、また異常な降雨と洪水に相次いで見舞われているときに、この会社は国家のイデオロギー反射運動にはなんらの位置も占めなかった。その代わりに、火災対応には軍隊が派遣された。[27]
海軍高官は、次回は住宅を洪水からもっとしっかり守ると約束した[28]。ギリシャでも同じことがあった。アドリア海のパイプラインやスーパーヨット、本土の褐炭炭鉱にはまったく言及がない。しかし、エヴィア島の火災には軍隊が派遣され[29]、あまりに象徴的な光景だったが、フェリーが炎に照らされた丘陵から人びとを避難させたのだ。[30]
これが強行適応論の論理だ。原因への治療が決してなされない以上、悪化する症状をより強力に押さえつけなければならない。そこについて回るのは、安心をもたらす正常な状態なるものを維持してくれるような、軍隊と国家権力のレトリックのエスカレーションだ。ビジネス・アズ・ユージュアルを維持する国家そのものが軍隊の派遣を迫られている。COP26に先立つ地獄のような日々に前景化してきた強行適応論は、会議終了直後にも再び現れた。カナダのブリティッシュ・コロンビア州は夏の暑さと火災と入れ替わるようにして、秋の洪水に襲われた。カナダ軍は兵士を出して道路を復旧した――水没した町の市長は「士気が上がった」とこれを歓迎した[31]。さらに州当局はガソリンを配給制にしたのである。[32]
ガソリン配給制? カナダという国が、気候変動を緩和するうえで極めて賢明なこの方法を支持することは決してないだろう――もちろん、ブリティッシュ・コロンビア州には、新しいものから古いものから計画中のものまで、パイプラインが縦横無尽に張り巡らされている。この自己破壊の中心地におそらく唯一肩を並べうる存在は、同様の入植者植民地型化石国家であるオーストラリアだ。とはいえ、温暖化に起因する事態への適応は、軍事的な緊急事態の範疇でなされているのだから、できないはずはない。またこの国は、兵士を派遣して〔カナダに本社がある多国籍エネルギー企業〕エンブリッジの本社を一掃することも決してないだろう。だからこそ今のこの状況がある。
際限のないナンセンスとしての強行適応論、それは国民が一致団結して行動し、しかるべき愛国的なやり方で災害対応を強化しさえすれば、こうした事象を乗り越えることができるという幻想の住みかとなっている。もちろん、この妄想によれば、2℃、3℃、さらにはそれ以上の温暖化へと突き進む世界への適応が実際に可能である。けれども、そうした見方がどうしようもない幻想であるにもかかわらず、2021年に示された数々の徴候からすれば、このイデオロギー的実践はさらに数を増していきそうだ。その理由はまさしく、支配階級の側がこれまでとは根本的に異なる対応を取りえないところにある。COP26の結果とは、すなわちもっと多くの兵士を現場に送ることだ。ヨーロッパではとりわけこの動きが人の移動に関する政策にぴったり当てはまる。海軍を出して人びとが乗る船を公海まで押し戻し、ベラルーシとの国境警備を固めることがそうだ。この〔気候と人の移動という〕2分野での軍事化傾向を組み合わせてみると、化石ファシズム[33]が今この時点にはっきり予見されるのである。
グローバルサウスでは、軍事的成果の装いを凝らした適応論が選択肢に上ることはまずない。COP26で達成されなかったことのうち、きわめて重要なもののひとつが、先進資本主義国が「南」で生じた気候災害の責任を認めた上で、被害国に資金提供するのを拒んだことだった[34]。損失や損害への金銭的補償はなされない。このようにして、かれらは上昇する海面でも地中海でも水没するがままにされている。むろんこうした態度は、国内での強行適応論と表裏一体だ。それは、COP26が最も卑しい本性とメカニズムを野放しにすることで現実と折り合いをつけるもう一つの方法である。
症状への反抗というパラドクス
残念ながら、原因ではなく症状に焦点を合わせる動きは他にもある。ドイツでは、緑の党ですら今夏の洪水を捉えてこう訴えようとはしなかった。「皆さん、目を覚ましてください。もし化石燃料を廃止しなければ、このような災害に見舞われる頻度が増えていき、ついには生きていけなくなるのです」と。総選挙で緑の党が首相候補に指名した(現外務大臣の)アナレーナ・ベアボックは被災地を訪れた際、やはり緊急対応に話題を絞り、川のすぐそばに家を建てるという愚かなことは止めるべきだと述べた。この世界が完璧に理にかなっているのであれば、気候システムへの危険な人為的干渉が今後生じさせる脅威の深刻さがわかっている以上、急激な排出削減措置がなされるだろう。
世界がそこまで理にかなっていないとしても、こうした脅威を実際に体験したことを受け、各国は化石経済を最速で脱却する方法を求めて奔走するはずだ。しかし、現実の世界では、気候災害の爆発的な増加への主たる反応は「目の前の火事、目の前の洪水、目の前のハリケーンからどうやって身を守るか?」といった類いのようだ。気候運動ですら、この麻痺状態を打ち破れずにいる。イタリアのカラブリア州を火災が襲ったとき、ENI社の本社にデモをかける群衆はいなかった。ギリシャで褐炭鉱が占拠されることもなかった。ブリティッシュ・コロンビア州でパイプラインが爆破されたことも(今のところ)[35]ない。そしてまた、残念ながら、グローバルサウスでも同じように無反応な状況が見てとれる。原因への反応が生じないこうした現実を検討するために、ある事例を詳しく考察しよう。
今夏には気候災害がいくつも起きたが、ただ一つだけ(筆者の知る限り)政治的な反乱を引き起こしたものがある。イラン南西部フーゼスターン州で起きた反乱だ。7月、大勢の群衆が街頭に詰めかけて「喉が渇いた!」と叫んだ。日中の気温が50度を超えたため、デモは必然的に夜遅くに起きた。いきおい群衆が唱えるスローガンには、〔イラン・〕イスラーム共和国と最高指導者アーヤトッラー・アリー・ハーメネイーに反対するものが混じり始めた。するとイスラーム共和国側はお決まりの弾圧に出た。同州でのインターネット接続を遮断し、警察とバスィージ〔国内治安対策などで動員される革命防衛隊傘下の民兵組織〕を投入して、10人余りを殺害するなどしたのである。一連の抗議行動は「水の抗議」として広く報道されたが、抗議の背景は火を見るより明らかだ。2021年の夏、イランは少なくとも半世紀以上経験したことのないほどの干ばつに見舞われた[36]。南西部では降水量が平年の15%にまで落ち込んだ。気温50度前後の日が続いたことで、フーゼスターン州を潤している川は下流で干上がり、畑は枯れ、水牛は死に、飲料水の供給不足は普段よりもいっそう深刻化した。それに加えて、今年も砂嵐の季節がやってきた。民衆の我慢は限界に達し、これまでのイランで最も激しい――長続きはしなかったものの――気候に起因する反乱が起こったのである。
さて、フーゼスターン州は化石資本の歴史で特別な位置を占めている。まさにここにあるマスジェデ・ソレイマーンという村で、1908年にイギリスの探検家たちが中東で初めて石油を発見した。この発見によって、中東産石油――石油を燃料とする20世紀資本主義の発展の基軸である――の時代の幕が切って落とされたのである。イランでは1979年の革命を受けて、石油・天然ガスの埋蔵量と採掘設備はすべて国有化された。そして今に至るまで、「大富豪のムッラーたち〔イスラーム聖職者〕」とも時に呼ばれるイランの民族ブルジョアジーの支柱たる、イラン国営石油会社(NIOC)の監督下に置かれている。 そしてこの支柱の土台をなすのがフーゼスターン州だ。ここにはNIOC管轄下の埋蔵量のうち石油の80%、ガスの60%がある。同州の化石燃料は地球温暖化に少なくない貢献を果たしてきた。2017年には、NIOC――つまり、あらゆる実用的な目的のためにフーゼスターン州で採掘を行う企業――は、その製品から発生する温室効果ガスの排出量で計測すると世界第5位の企業となったのである[37]。
そして今、フーゼスターン州自身も温暖化のもたらす熱を感じている。この20年間で熱波は頻度を増し、勢いを強め、長引くようになった。2017年には州都アフヴァーズで54℃が記録された。これは今もアジア地域の気温の最高記録だ。蒸発量は極端な水準に達し、灌漑への需要が増加した。雨水を利用する畑は放棄せざるをえなくなり、2018年には当局が稲作を禁止するところにまで発展した。干ばつはニューノーマルなどというものではない。あるイラン人気候学者は干ばつに代えて「枯渇」[38]――この地域はもうすっかり干上がってしまったということだ――という表現を提案しており、今では砂嵐すら起きている。2001年から観測される砂嵐はひどくなる一方で、風が乾燥した平原の砂塵を巻き上げ、町を灰色がかった黄色の膜で覆う。膜は太陽を遮り、生命活動を停止させ、数千人が呼吸困難で病院通いをするようになっている。
この30年で、このような気候変化による圧迫を主な原因として、1,000以上の集落が移転している[39]。主要都市の一部では――マスジェデ・ソレイマーンもそのひとつだ――過疎化が進むが、その大きな理由もやはり熱波と砂嵐だ。イランのある研究者チームの言葉を借りれば、地球温暖化はすでに「この地域の人間の居住可能性を危機に陥れている」[40]。こうした傾向はことごとくイラン全体の気候予測と一致している。 今後数十年で乾燥はますます激しくなり、気温はますます高くなるだろう。
さて、今夏の蜂起を理解するには、イランにおける化石燃料主導型の資本主義的発展がもつ政治的側面への考慮が欠かせない。フーゼスターン州は国内最大のアラブ系住民を抱える。その数は200万人から500万人で、おそらく現在も州人口の過半数を占めている。しかし、テヘランから支配する大富豪のムッラーたちにはペルシャ人が圧倒的に多い。この階級の主たる物質的基盤は豊富な化石燃料だ。それはフーゼスターン州から取り出されて大都市の蓄積を満たし、他の産油国と同様の民族的-政治的矛盾を生み出している。中央政府は最も貴重な資源の管理を委ねるほどには少数派を信用できていない――厳格な軍事的管理の維持が必要なゆえんだ。アラブ人は国家への忠誠心が足りず、サダム・フセインやサウジアラビアと手を組んでいるのではないかとかねて疑われてきた。他方でアラブ人自身は、足元にある富を奪われることに長年憤りを募らせている。
そして当然のことながら、フーゼスターン州の人びとはイスラーム共和国に恨みを抱いている。自分たちが気象条件の悪化に見舞われる原因を作りだしているからだ。「水の抗議」のきっかけは、伝統衣装を身にまとったアラブ人のある首長が、気候をわざと悪化させているとして当局を非難する1本の動画が瞬く間に広まったことだった[41]。「いいか、私たちはこの土地を離れはしない。あなた方は洪水や干ばつをもたらして私たちをどこかにやろうとしている。我々はここを離れない。ここは先祖伝来の土地なのだ」。広く流布する考え方によれば、ペルシャ人の中央政府は破壊的な天候を意図的に作り出すことで、アラブ人からの収奪を完了させ、この州の完全掌握を目論んでいるという。これは完全に正しいとは言えない。イランの支配階級が意図的に今も行っているのはいくぶん異なることだ。かれらは化石燃料の採取を最大化することで、フーゼスターン州だけでなく国内の大部分の地域にも死の宣告を出すことに貢献している。2019年11月、ハッサン・ローハニ大統領(当時)は、フーゼスターン州で新たに巨大油田が発見され、イランの全石油埋蔵量は3分の1増加したと発表した――大統領はこれを「政府からイラン国民へのささやかな贈り物」と呼んだのである。
今年1月には、中東最大の天然ガス処理プラント〔=ビッドボランドⅡ〕が稼働した[42]。フーゼスターン州の東端に位置するこのプラントは、日量5,600万立方メートルのガスを処理し、最大で年間約7億ドルの利益を見込む。これをもって同州におけるビジネス・アズ・ユージュアルの経済活動が終了したとは考えにくい。
しかし、これまでのところ、イスラーム共和国への怨嗟はすべて症状の水準を出ることがない――人びとは、干上がりきった土地にみずからの運命が委ねられたことに憤慨している。しかし、かれらはいまだ、石油プラットフォームや製油所を標的にしたり、その拡張に異を唱えたりはしていない。こうした現状の説明として、フーゼスターン州に住むアラブ人が石油やガスの恩恵を受けているからだと言うことはできない。かれらが得ているものは、〔ナイジェリアの油田地帯〕ニジェール・デルタに住むオゴニの人びととそう変わらないほどわずかなのである。
ここでは真の逆説が作動している。あらゆるデータが示唆するように、グローバルサウスは気候変動の被害の矢面に立たされているだけでなく、多くの場合、「北」の人びとよりも気候危機をはっきりと自覚し、より深刻な懸念を抱いている。しかし、政治的抗議という領域に目を向けると、このパターンは逆だ。学術誌『環境研究報告』(Environmental Research Letters)に昨年掲載された注目すべき論文で、バルセロナの政治的エコロジー研究者の素晴らしいコミュニティは、エネルギー開発プロジェクトに抗する「場所に根ざした抵抗」の事例649件を詳しくたどっている[43]。建設予定の石炭火力発電所に抗議する村でのデモ、パイプライン建設を止めるために野外キャンプを設営する先住民、あるいはエンデ・ゲレンデなどだ。調査から得られた知見のひとつに、こうした抵抗によって全体のおよそ5分の1の事業が中止に至ったという事実がある。これは、過去のどの気候変動サミットが誇りうるよりもはるかに高い確率で気候変動の緩和を実現している。またこうした発見もある。「北」での抵抗は、気候闘争として厳密かつ明確に表現されがちなのに対し、「南」では――闘争がより一般的で激しく暴力的になることもしばしばだが――、そうしたテーマはほとんど見当たらない。その代わりに、自分たちが利用する水資源が汚染されていることに先住民が抗議したり、農民が大気汚染や聖地の喪失、不十分な補償に憤りを表明したりしている。気候という側面は「南」での主張においては際立ってはいない。どうしてなのか? もしもこのデータが、気候変動は主として「北」の特権層が抱く懸念であることを示しているというのなら――いまだ散見される誤った印象だが――、これはパラドクスではないだろう。しかし、実際は正反対だ。
フーゼスターン州の例に戻ろう。気候変動への懸念はきわめて強く、その原因についての知識がかなり広まっている可能性も高い。しかし「水の抗議」では、その大元のところを追及する活動は、それが文字通り目と鼻の先にあるにもかかわらず、いまだ見られない。
おそらく簡単な説明はこうだろう。気候変動がグローバルサウスを襲うとき、長い時間かけて積もり積もった不正義(インジャスティス)が活性化される。大衆の怒りは、災害という「急性期症状」とのかかわりでは、気候に先立つ不正義をもたらした既知の人物を標的にすることになるだろう。具体的には、フーゼスターン州のアラブ人は、少なくとも30年以上にわたってテヘランの支配層への不満を募らせてきた。そしてみずからの生活が地球温暖化で破壊されると、その絶望の矛先はよく知られた敵に自然と向けられる――相手が化石燃料から利益を得ているからでは(今のところはまだ)なく、アラブ人を長年粗末に扱い、土地を奪っているからだ。さらに、ありとあらゆる不幸は――気候に関するものにとどまらず――「北」よりも「南」の方がもちろんひどい。つまり、気候に起因するあらゆる出来事は、あらゆる種類の紛争に関わっている。そのため、逆説的ではあるが、今回のような反乱は、究極の原因から目をそらせることにもなりかねないのである。
このパラドクスがどこかで終わることに賭けるしかない。反乱そのものが何度となく生じていくことは間違いない。実際、イランでは、新たな水の抗議が同様の暴力的な手法で鎮圧されたばかりだ[44]。エスファハーンでのことだ。しかし、症状から原因への争点の転換が自然発生的に起きるとは限らない。そうなるにはむしろ、グローバルサウスの気候正義活動家からなる「前衛」が介入する必要があるように思われる――イランではまだ起きてはいないが、間違いなく、いくつかの場所では起きている。〔ウガンダの若手気候活動家〕ヴァネッサ・ナカテ[45]が代表する世代には達成すべき歴史的使命がある。もしCOP26が運動を確固たるものにする機会であったのならば――COP27やCOP28がそうなる可能性は極めて低い――、少なくとも何か良いことがやがてそこから生じることだろう。しかし「カーリーの童子」[46]のシナリオが実現するまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
システムをなぎ倒すには
グローバルノースでの運動はどうだろうか。「未来のための金曜日」は、地獄の夏とCOP26の間の9月24日に復活した。パンデミックによる中断を経て、その言葉遣いはかなりラディカルになった。今度の「学校ストライキの金曜日」のスローガンは「システムをなぎ倒せ#UprootTheSystem」であり、そのマニフェストには紛れもなく左翼――反資本主義というよりはインターセクショナルな左翼――の用語が用いられていた[47]。
気候危機は真空に存在するのではありません。レイシズム(人種差別)、セクシズム(性差別)、エイブリズム(非障害者優先主義)、階級的不平等といったさまざまな社会経済危機が気候危機を増幅させており、その逆もまたしかりです。気候危機はシングルイシューではありません。私たちのさまざまな闘争や解放は互いにつながり、結びついています。私たちは団結して気候正義のために戦っています(…)。MAPA[最も影響を受けている人びとと地域]は、気候危機のもたらす最悪の影響のただ中にあって、現状に適応できずにいます。その原因は、グローバルノースのエリートたちにあります。かれらは、植民地主義、帝国主義、体系化された不正義、そして最終的に地球温暖化を引き起こした飽くことなき貪欲によって、MAPAの土地の破壊を引き起こしてきたのです。
しかし、その一方で、この運動の抱える矛盾もまた明らかになった。9月24日の夜、ベルリンで集まった大勢の人びとに語りかけた後、グレタ・トゥーンベリはこうツイートした[48]。「私たちは戻ってきた! 今日のストライキにはベルリンで10万人、ドイツだけで62万人、さらに世界各地で多くの人びとが集まった。そして世界の指導者たちに#UprootTheSystem〔システムをなぎ倒す〕よう求めた」。だが、世界の指導者たちにそのようなことを要求することは不可能だ。1920年代のイタリアで、反ファシスト政治を築くためにムッソリーニに自死を求めるようなものだろう。
これは、同志グレタをからかっているのではない――その反対だ。私たちは彼女に敬意を表さねばならない。彼女は自身と自身の運動を支配階級の空念仏に組み込もうとするあらゆる努力をこれまではねのけてきた。グレタほど変節の機会に恵まれた活動家はいないし、これほど一貫して(比喩的に言えば)世界の指導者の顔に唾を吐いて返答してきた活動家もいない。彼女が「科学に耳を傾けよう」と口にする回数を減らし、植民地主義や労働者を話題にする機会を増やすにつれて、マイケル・マン[49]や、グレタの住むスウェーデンの社会民主労働党青年部の指導者といった主流派からはグレタは役に立たないという不平が相次いでいる(グレタがCOP26をこきおろしたのに対し、マンはCOP26の擁護に回った)。もはや彼女はそれほど可愛らしい存在ではない。彼女は模範的な[50]指導者であることを証明してみせた(気候行動の精神がこの華奢で、組織には断固として属そうとしない人物に体現されていることに、いみじくもヘーゲル的なものがあると言いたくすらなるものだ)。彼女は歩み出している。手探りではあるが――そのことを誰が責められようか? 信頼に足る革命的プロジェクトを持て余すような状況は近年存在しない――、システムをなぎ倒すためのある種のプログラムと戦略へと向かっている。特定の金曜日に街頭に出るだけでその目標が実現しないのははっきりしている。何が必要なのかはまだ定かではない。SUVのタイヤの空気を抜く、労働者と共にストライキするといった行動が、幸先の良いスタートになるかもしれない。COPそのものについて、これが私たちを救ってくれるなどと信じることはもはや誰にもできない。COPは解決策の一端というよりも問題の一部なのかもしれないのである。
注記:本稿の一部は、2021年10月2日にオールボー大学で開かれた、デンマーク・マルクス主義研究協会(Danish Study for Marxist Studies)の第6回年次大会「資本、気候、危機」での基調講演の抜粋である。
出典:Malm, Andreas. "COPs in the Breakdown: Notes on Glasgow and the Year 2021." Versobooks.com. Accessed December 18, 2021. https://www.versobooks.com/blogs/5230-cops-in-the-breakdown-notes-on-glasgow-and-the-year-2021.
[1] https://www.bbc.com/news/uk-scotland-glasgow-west-59254298
[2] https://www.theguardian.com/environment/ng-interactive/2019/oct/25/suvs-second-biggest-cause-of-emissions-rise-figures-reveal
[3] 訳注:パキスタン南西端からイラン南東端に広がる高原地帯
[4] https://cop26coalition.org/peoples-summit/
[5] 訳注:グレタ・トゥーンベリのCOP26批判を踏まえている。
[6] https://www.commondreams.org/views/2021/11/12/cop-dead-long-live-movement
[7] https://www.newstatesman.com/comment/2021/11/after-cop26-the-time-for-law-abiding-demonstrations-is-over
[8] https://www.theguardian.com/us-news/2021/sep/10/american-west-states-hottest-summer-climate-crisis
[9] https://www.nature.com/articles/s41558-018-0156-3
[10] https://siberiantimes.com/other/others/news/kolyma-highway-in-yakutia-also-known-as-the-road-of-bones-is-on-fire-and-temporarily-shut/
[11] https://www.nyrb.com/products/kolyma-stories?variant=52465024263. 〔邦訳は高木美菜子訳、朝日新聞出版、一九九九年〕。
[12] https://www.theguardian.com/environment/2021/jul/26/chinese-discuss-role-climate-crisis-china-deadly-floods
[13] https://www.theguardian.com/environment/2021/jul/16/climate-scientists-shocked-by-scale-of-floods-in-germany
[14] https://www.theguardian.com/us-news/2021/jun/28/portland-seattle-heatwave-heat-dome-temperatures
[15] https://www.theguardian.com/environment/2021/jul/02/canadian-inferno-northern-heat-exceeds-worst-case-climate-models
[16] https://www.euractiv.com/section/climate-environment/news/climate-crisis-made-deadly-german-floods-up-to-nine-times-more-likely/
[17] https://www.worldweatherattribution.org/western-north-american-extreme-heat-virtually-impossible-without-human-caused-climate-change/
[18] https://www.worldweatherattribution.org/siberian-heatwave-of-2020-almost-impossible-without-climate-change/
[19] https://productiongap.org/wp-content/uploads/2021/11/PGR2021_web_rev.pdf
[20] https://glasgowagreement.net/resources/drillbabydrill/ReportDBD.pdf
[21] https://www.theguardian.com/commentisfree/2021/nov/18/moral-case-destroying-fossil-fuel-infrastructure
[22] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921800920303232
[23] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214629620304783
[24] https://www.nature.com/articles/d41586-021-03431-4
[25] https://www.dw.com/en/germany-needs-better-climate-policy-merkel-says-from-flooded-region-as-it-happened/a-58304082
[26] https://www.morgontidningen.se/2021/08/risk-for-nytt-ras-i-gavle-omfattande-vattenmangder/
[27] https://www.laprensalatina.com/italy-dispatches-army-to-calabria-as-fires-spread/
[28] https://www.military.com/daily-news/2021/10/29/homes-flooded-nas-sigonella-navy-officials-promise-better-response-ahead-of-returning-rains.html
[29] https://www.independent.co.uk/tv/climate/greece-wildfires-2021-army-firefighters-vfb2e2012
[30] https://www.theguardian.com/commentisfree/2021/aug/10/greece-fires-evia-ferry-video-climate
[31] https://www.cbc.ca/news/canada/british-columbia/canada-military-flood-princeton-1.6261464
[32] https://www.bbc.com/news/world-us-canada-59352804
[33] https://www.versobooks.com/books/3812-white-skin-black-fuel
[34] https://theconversation.com/cop26-deal-how-rich-countries-failed-to-meet-their-obligations-to-the-rest-of-the-world-171804
[35] https://www.cheknews.ca/david-suzuki-says-pipelines-will-be-blown-up-if-leaders-dont-act-on-climate-change-915197/
[36] https://www.atlanticcouncil.org/blogs/iransource/iran-faces-its-driest-summer-in-fifty-years/
[37] https://climateaccountability.org/carbonmajors.html
[38] https://www.atlanticcouncil.org/blogs/iransource/the-grapes-of-khuzestans-wrath/
[39] https://www.erem.ktu.lt/index.php/erem/article/view/24513
[40] https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2210670718307625
[41] https://www.nytimes.com/2021/07/21/world/middleeast/iran-protests-drought-violence.html
[42] https://www.tehrantimes.com/news/457204/Major-gas-refinery-goes-operational-in-southwestern-Iran
[43] https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/abc197/meta
[44] https://www.nytimes.com/2021/11/26/world/middleeast/iran-protests-water-shortages.html
[45] https://www.panmacmillan.com/authors/vanessa-nakate/a-bigger-picture/9781529075717
[46] https://www.orbitbooks.net/orbit-excerpts/the-ministry-for-the-future/〔「カーリーの童子」は、ここで言及されるキム・スタンリー・ロビンソンの小説『未来省』(Ministry for Future)で描かれる組織。気候変動による熱波災害で大量の死者を出したインドで結成され、化石燃料インフラへの攻撃や、奢侈的排出に耽る富裕層の殺害などを行う。『パイプライン爆破法』日本語訳に収録の補論を参照。〕
[47] https://fridaysforfuture.org/september24/
[48] https://twitter.com/gretathunberg/status/1441462514940661767
[49] https://twitter.com/MichaelEMann/status/1456702633205551104
[50] https://www.theleftberlin.com/the-politics-of-greta-thunberg/?fbclid=IwAR0Uv_p9tuU38ITgNMMLvyJHUmZT-SkraY6X77aT8dd5M0PfUD6Gh_rBepU