最後のドゥルーズと『創造と狂気の歴史』

BB

松本卓也『創造と狂気の歴史』は多くのことを教えてくれる独創性にあふれた書だが、ドゥルーズがその最後期にアルトーを「価値下げ」て、「表面」のキャロルを「偏愛」するようになったという論旨にだけははっきりと疑義をあきらかにしておきたい。
松本は生前最後の著作となった『批評と臨床』にキャロル論が収録されたことをもって、その例証とする。しかし同書はそれまでに発表されたテクストを中心に編まれた論集であり、ドゥルーズがキャロルと同じくウルフソンを「表面の文学」として評価したとして松本がひくウルフソン論は一九七〇年に書かれている。同書の原書にキャロル論の初出の記述はないが、これは『意味の論理学』の時期のものと見なすのが妥当ではないのか。
松本はドゥルーズのアルトー「価値下げ」の例証として『批評と臨床』の「文学と生」から以下をひく。「彼〔=アルトー〕こそはよく知っているのだ、みずからに課した絶えず逃げてゆく臨界に自分が到達したとはとても言えないということ、みずからの生成変化を完成したとはとても言えないということを。」ここで松本は意図的でないとするなら二重の誤読を行っている。まず「彼」への〔=アルトー〕という挿入は松本によるものだが、引用先をみれば、その直前に出てくる名前はアルトーではなくセリーヌであり、この引用の前には「作家は人から称賛されることもある」とあることからも「彼」とは作家、それも「外を開示した」例外的な作家のこととしか読めない。そして何より重要な点は「生成変化を完成したとは言えない」と書いたことは「価値下げ」などではなく、未完成こそ生成変化の本質を示しているということである。
『批評と臨床』が刊行されたのは一九九三年だが、ドゥルーズの『書簡とその他のテクスト』に収録された最後の書簡(一九九五年六月八日付け)でドゥルーズはベルノルドにアルトーの『カイエ』と『ヘリオガバルス』をすすめている。「そこできみは完全に独自の仕方で、非有機的な生気を取り戻すのです」。

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